引退しました

 Dsc_0656
町会設立に関わった事をきっかけに八王子市から委嘱を受けた「青少年育成指導員」。
この3月でまる12年と6ヶ月が経ちました。そして7期目の任期の終わる先月末、地区幹事の職を辞するとともに育成指導員そのものを引退しました。
 八王子ニュータウンといわれるこの町ができて間もない平成11年にこの地に越してきて、長男、次男、次女と3人の子供が地域の幼稚園、小中学校に通いました。
その期間だけでも、地域の子供たちの健全育成に関心を持っていきたいと感じて、志を同じくする若い仲間たちとともに昼夜の巡回、地域の清掃、イベントの立ち上げ、学校行事参加とたくさんの事をしてきたつもりです。
 時の流れとともに町も大きく発展し、学校に通う子供たち自身や、親御さんの学校に対する意識も大きく変わってきたような気がして、私の意思ではどうにもならない事象が増え、私自身の力不足とジェネレーションギャップを痛切に感じ、そして何よりも...........少し疲れました。
歳、ですかね。
 昨年は五年続けた民生員のお手伝いも辞めました。今年はあと三つのお手伝いを辞めるつもりでいます。そして仕事仕事で家庭を顧みなかった過去の罪滅ぼしに家族との関わりを増やして、家内や子どもたちとの関わりを大切にしながら、知人友人たちとの親交を深めていきたいと思っています。
お世話になった育成指導員の皆さん、永きに亘り未熟な私とともに活動してくださり、有り難うございました。これからも地域の子どもたちのためにご活躍されます皆様に心からのエールを送ります。

研修会

2015.12.09
横須賀米海軍基地へ研修に行ってきました。
横須賀港 「いずも」が停泊。Img_3675 今日の研修は日本の防衛大臣が米海軍基地を訪問中とのことで、楽しみにしていた基地司令官の歓迎挨拶とロナルドレーガンへの乗艦が急遽中止となり、ドライドックの見学と海上自衛隊の潜水艦研修のみとなりました。
基地司令部Img_3681 ドライドックの見学Img_3693 ロナルドレーガンは外から見学のみでしたがグッズの販売サービスがありました。Img_3702_2

潜水艦は今年三月に竣工したばかりの「こくりゅう」に乗艦することができました。
Img_3733 乗艦未体験なのに思わず買ってしまいました。1800円でした。Dsc_0344
今回は白馬の師匠に同伴してもらいましたがRRに乗艦出来ずに残念でした。次回また誘いますので懲りずに出張ってください。

反面教師

「車をぶつけられた」という細君からの電話。 その時私は忘年会の最中で細君は恩師を囲んでの忘年会を控えていた。
相手の車がスーパーの駐車場の出口で他車に進路を譲ろうとして突然バックを開始。
後続していた細君は危険を感じてクラクションを鳴らし続けたそうだが効なく衝突。
事故処理で警官の到着を待つ間に運転手(七十爺様)は細君の車についた傷を一生懸命自分の手で擦って傷を薄く消そうと努力。終には幾つかの傷は自分がつけたものではなく大したことは無いと隠蔽工作のうえ自己弁護。
細君もあきれていたようだが爺様の車に同乗していた奥方様は、子や孫も同乗しているのに後方確認もせず後退して事故を起こすなんてと爺様にかなりのおかんむり。
ともあれ全ての事故処理、車の修理が滞りなく終わって日常に戻ったが、未だに爺様からの一言が無い。(べつに一言が欲しいわけではなく、自分ならそうするということ)
私は早く帰って事故対応して欲しいという細君の願いで忘年会の二次会をキャンセル。
細君は寒空の事故現場で1時間近く待たされたあげく気分が悪くなり忘年会に出る気分が喪失して忘年会をパス。修理のためには見積もり、入庫、納車と三度に亘って自動車会社に足を運んだ。細君共々楽しいはずの一時を奪われたあげく、かなりの時間と労力を費やしたつもり。たった一言でこちらの気持ちも解けるものだがこの爺様と関わりを持ちたくないという細君の勘を受け入れこの爺様を「反面教師」に。
七十まであと八年、こんな風に歳はとりたくないものだ。

四ッ又山から鹿岳(かなだけ)

2015.11.19

ほぼ2ヶ月ぶりの登山。ヒロヒサ君、Becker君の計画に乗せてもらって西上州の四ッ又山から鹿岳を歩いてきました。

大久保の私有地の空き地が登山口Img_3441 しばらくは沢沿いの登山道を行く。Img_3444 落葉した木々の中に紅葉が映える。Img_3457 こんな物も私にとっては宝物のように思える。Img_3458 天狗峠から四ッ又山への登りで鹿岳が姿を現す。Img_3472 四ッ又山山頂(P1)
Img_3482 四ッ又山の四つのピークを踏み、落ち葉に埋もれた急坂をマメガタ峠へ下る。Img_3503 マメガタ峠 この日この峠で初めて登山者とすれ違った。Img_3508 鹿岳のコルへ上り返す。Img_3520 鹿岳の一ノ岳山頂Img_3542 山頂直下の崖っぷち。足下から広大な風景が広がる。P1050785_2 コルに戻り今度は二ノ岳山頂Img_3581 こちらの山頂直下の展望の良い岩棚には先客ハヤブサがImg_3582 鹿岳の二つの山頂を踏んで、あとは下るのみ。麓まで気の抜けない楽しい山道でした。Img_3587

百蔵山

2015.11.12

地元町内会のシニア倶楽部のハイキングの会で百蔵山に行ってきました。

私を除けば平均年齢73.8歳という超高齢の方々ですが、普段からテニスに卓球、グランドゴルフを楽しみ、歌声、民謡、カラオケ、器楽演奏と実に多彩な趣味をお持ちで、青春ならぬ「橙春」或いは「老春」を横臥している元気なお年寄りたちです。ハイキングのお世話係として5年目を迎え、皆さんの歳相応な山の選定に頭を悩ませますが今回は山梨百名山、秀麗富嶽十二景の百蔵山です。

猿橋駅から歩いて30分、21世紀倶楽部というターゲットバードゴルフ場からの百蔵山。Img_3281 山頂直下のトラロープが張られた急登。高齢者には応えます。Img_3291 猿橋駅から約2時間。百蔵山山頂。Img_3297 時折下界は見えるものの肝心の富士山と周辺の山々はガスの中で見えません。写真は一週間前の下見山行時の山頂。中央雲の上に富士山が見えています。Img_3204 山頂のベンチでランチタイム。皆さん何かしらの自作の料理を他の人の分まで持ってきています。Img_3299 お腹が一杯になると反省会と称した下山後の「一杯」の場の楽しみに話題が移り、早速下山開始。足下の紅葉に目が行く余裕も出てきました。Img_3306 下山後は日本三奇橋の一つ「猿橋」を見学。Img_3325 橋のたもとの蕎麦屋前では名物おばさんによる国定忠治の紙芝居を拝聴し、今日のイベントを終了。Img_3345 猿橋駅から八王子駅に戻り解散。元気な皆さんは反省会?会場へと繰り出していきました。

〆に〆後の標識 ああ無情

2015.10.25

我が家からほど遠くない所に「養沢毛鉤専用釣場」という自然渓流を活かした渓流釣場がある。この釣場で春3月の解禁から9月のヤマメ禁漁までの間に標識ヤマメ(背中のアブラびれが切り取られている)を釣ると毎年デザインの変わる「やまめバッヂ」が貰える。私は2009年10月24日に初めてこの釣場を訪れてからちょうど五年経つが、これまで一度もこの標識ヤマメをネットに納めたことは無かった。が、その間、釣友のK&Kコンビ、特にK馬氏は毎年のように標識ヤマメを釣り上げ、時には解禁初日に、またあるときは一日に2尾も釣り上げてしまう。そして貰ったバッヂをフィッシングベストに付けて私を挑発する。Dscn0082_2 今日は昨日からの山の予定が都合で行けなくなり、ならば釣にと予定を変えて参加した毎年恒例の年内最後の〆の釣りの会。既にヤマメは禁漁だがニジマスは持ち帰りOKなので今晩のおかずにするつもりだった。しかし最初にヒットしたのがなんとこの標識ヤマメ。〆の釣で〆後の標識を釣り上げなんとも複雑な気持ち。もちろんバッヂは貰えない。ああ無情なり、〆後の初標識ヤマメ。

観艦式予行

2015.10.12

今回は諦めていた観艦式。予行の前日になって知人からお誘いの電話があり喜んで出かけてきました。

乗艦したのは護衛艦「さみだれ」DD106 Dsc_1615 出港時はタグボートの動きが目を楽しませてくれる。Dsc_1642 早朝の斜光に輝くブリッジ。Dsc_1663 沖合では予行海域に向かう艦船の姿を追う。Dsc_1713 「いずも」を先頭に単縦陣。Dsc_1734 式当日総理大臣が乗る「くらま」を登舷礼で迎える。Dsc_1772 「くらま」の後に続く観閲部隊。Dsc_1781 初冠雪した富士山を背景に「おおなみ」Dsc_1804 受悦航空部隊には「オスプレイ」の姿も。Dsc_1856 30を超える艦船の展示と祝賀航空部隊の飛行と訓練展示を観て予行を終了。それぞれの停泊港に向けて帰還の途につく。Dsc_1896 晴天にも恵まれ波間に兎が跳ぶ程の風にも恵まれた今日の観艦式予行はとても心地よい疲れを残してくれました。誘ってくれた同好の知人に感謝の一日でした。

護衛艦「いずも」

2015.10.08

JANAFAの部隊研修で今年3月に就役した護衛艦「いずも」に乗艦してきました。

護衛艦「いずも」Dsc_1344間近で見るとその大きさに圧倒される。Dsc_1364格納庫Dsc_1455 航空機用昇降機で甲板へDsc_1448 艦首からDsc_1438 艦尾からDsc_1533 旭日旗と護衛艦Dsc_1429 横須賀米海軍基地にGWに代わって配備されたRR。再来月はこの艦に乗艦します。Dsc_1506 横須賀港を出港し横浜大桟橋へ向かう間ハンガーベイと甲板を見学するがブリッジを含めた艦内は立ち入り禁止。この辺が米海軍とはサービスが違う。仕方なしに全通甲板でクルーズを楽しむ。

巨大なブリッジはオブジェのよう。Dsc_1586
横浜港に入港し今日のハイライト、横浜ベイブリッジを潜る。https://youtu.be/bnlmBgOMOIMDsc_1592 大桟橋で艦を降りクルーズは終了。Img_3042 大桟橋の「いずも」Img_3051

厳冬の八ヶ岳

2014.12.22-23

「雪山一泊できますか?」というヒロヒサ君の誘いをきっかけにして冬の八ヶ岳へ行ってきました。入山時は時折小雪の舞う生憎の空模様で八ヶ岳はガスの中。美濃戸の駐車場から雪深い柳川南沢を行者小屋へ向かう。Dsc06255途中、下山する登山者からの情報で稜線はかなりの強風らしく文三郎道を上がった彼らは登山を断念したという。この時点で私たちも文三郎道から赤岳経由を変更し、地蔵尾根から直接今日の宿泊小屋 赤岳展望荘へ向かうことになった。

行者小屋は冬季閉鎖中。ここで冬山装備に身を固めるがかなりの低温で指の感覚が無くなり凍傷の二文字が頭をよぎる。Img_1009しっかりとトレースのついた樹林帯を登り、森林限界を抜けると予想通りの強風で先行者のトレースが消失。視界もきかずルートを見失いそうになるがほんの一瞬小屋のシルエットが目に入りほっとする。地蔵の頭に出ると更に風が強くなり真っすぐ歩くことが出来ないほどだ。Img_1010赤岳展望荘 小屋の存在が今日ほどありがたく思えたことはなかった。Img_1018_2今日の宿泊は私たちを含めた3パーティ5人のみ。チェックインを済ませるとお茶とコーヒー、お汁粉と杏仁フルーツ食べ放題飲み放題のサービス。装備を解くよりも前に冷え切って疲れた体を温めることが出来た。

小屋内の快適な環境とは裏腹に、夜半にかけて一段と強さを増した風雪は絶え間なく吹き荒れて小屋を震わせていた。暖かな寝具の中で明日の行動をどうするか思いを巡らすうちに眠りに就いたようだった。

翌朝遅く、ガスの切れ間に太陽の輪郭を見て出発を決意。仕度をして小屋の外に出ると素晴らしい景色が待っていた。横岳の通過に多少の不安があったので赤岳を登り文三郎道で下山するつもりでいたが、昨日私たちと行程を同じくしていた単独行の男性が、横岳にトレースがあるという情報を小屋番さんから得たとのことで横岳へ行くという。もう迷うことはない。私たちも横岳通過が今回の行程のハイライトだったから。

赤岳展望荘と赤岳Img_1056横岳 トレースが確認出来るImg_1035_2地蔵の頭から雪煙をあげる赤岳Img_1067二十三夜峰付近のトラバースとヒロヒサ君Img_1084鉾岳の鎖場から三叉峰と横岳。Img_1105三叉峰から赤岳、阿弥陀岳Img_1153横岳山頂Img_1170駄々広い硫黄岳山頂 寒気と強風に体が煽られるImg_1216赤岩の頭下の樹間から白い大同心Img_1242さらに横岳一望Img_1247鉱泉より横岳
Img_1263白い岩稜が紺碧の青空に映えて美しく、いつまでも眺めて居たい思いに駆られながら鉱泉を後に下山しました。記憶に残る数少ない山旅のひとつになりました。

竜ヶ岳 ダイヤモンド富士

2014.12.14

麓の駐車場からそれほど距離がなく、富士山を間近に望める展望の山として以前から登ってみたかった竜ヶ岳。しかもヒロヒサ君の話ではなんとこの時期ダイヤモンド富士が観られるというのだから迷うことはない。登山者駐車場でヒロヒサ君等と待ち合わせし真っ暗の中をランプを頼りに登山を開始。Img_0678目指す竜ヶ岳に先行者のランプの灯り。Img_06801時間15分程で山頂。雪煙が輝きだすと日の出は近い。Img_0731そして待ちに待ったダイヤモンド富士の瞬間。Img_0791竜ヶ岳山頂。大勢の登山者とカメラマンが日の出を迎えたが30分後には私たちだけになった。Img_0901静寂の中の富士山。Img_091210時には下山してしまったのでこんな所に寄り道して帰りました。Img_0955

«裏妙義 丁須の頭

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