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2010年6月

スズメ再び

2010.06.26

 スズメが巣立った後の24日、巣箱を降ろして内部を清掃し、熱湯消毒をして陽に干していると、二羽のスズメが巣材を持って右往左往している。まさかと思ってきれいにした巣箱を戻してみるとさっそく巣作りを始めた。もちろん前回とは違うペアだろうがどうやらこの巣箱はスズメには好評らしい。Dsc_9117 来年のシジュウカラの営巣用にもう一つこのタイプの巣箱を作らなくてはならないが入口の径は正確に27ミリにしようと思う。

活動期から緩解期へ

2010.06.24

 IBDの発症からちょうどひと月が経つ。一日10回を超える下痢と39度の発熱と毎分80回近い頻脈に襲われ一時は入院を覚悟する程の重症にまでなったが、入院すれば処方されてしまうステロイドによる治療だけは避けたいとの思いから気合いだけで峠を越してきた。もちろん治療薬5-ASA製剤の二度にわたる増量と注腸剤の処方が功を奏したわけだが医者の処方と私の願う処方が一致したことが精神的にも私を楽にしてくれた。発病の原因が不明で完治が難しく、下痢、発熱、腹痛、下血を伴う「活動期」と症状が治まる「緩解期」を繰り返すそうで今まさに私は「緩解期」にあるようだ。細君の心遣いがありがたかった食事についても食材の制限はあるものの二日前から普通の米のご飯を食べるようになったしトイレの回数も通常に戻り炎症も治まったのか熱も平熱となった。活動期の苦しみがまるで嘘のようだが気を緩めると再発するので緩解期を長く保つためにも何事にも慎重にならざるを得ない。少しだが体調も良くなってきたので軽い運動を兼ねて釣りにでも行きたいなと思っているがもちろん細君の許可が絶対条件になる。

スズメの巣立ち

2010.06.23

 巣立ちの時は近いと感じて巣箱を観察していると親が大きなイナゴの幼生を咥えてきて雛に与えようとしている。しかしイナゴが大きすぎて雛の口には入らない。幾度か試みるがやはりだめで親はイナゴを咥えたまま何処かへ飛び去ってしまった。しばらくして戻ってきた親の口には頭の無いイナゴが咥えられていた。何処かで頭だけを千切ってきたらしい。

大きすぎて食べられないDsc_9056 外の様子を窺いに巣穴から身を乗り出す雛Dsc_9108

午後3時頃、ウッドデッキに面した食卓で本を読んでいると外のデッキの周辺で親鳥が騒がしく飛び回って鳴いている。直感で巣立ちと察してカメラを持って外へ出ると私の足元を黒い影が横切りホースリールの陰に隠れた。スズメの雛だった。Dsc_9034 巣立ちが始まったことに間違いはないようだが最初の雛なのかどうかはわからないのでカメラを構えたまま次の巣立ちを待ったが出かけなくてはならない時刻になり今日の観察は中止となった。帰宅してから細君に聞くと二羽が巣立ちしてまだ巣に雛がいるみたいだという。巣立ちの瞬間をなんとしてもカメラに収めたいので明日に期待しようと思う。

ヤンキーな球児

2010.06.20

 体の具合が良いので息子の試合を観戦しに出かけたが対戦相手のキャッチャーの言動に驚かされた。試合開始直後にバッターボックスで素振りをしたバットが相手高校のキャッチャーのフェイスガードに接触。むろん故意ではない。不注意にもキャッチャーが前に出すぎたからだが怒ったキャッチャーはフェイスガードを外すと地面に叩きつけバッターを睨みつけ「謝れ!」という。謝る必要はない。何度も「謝れ」を繰り返し悪態をつく始末で最後には父母席に向かって「死ね!」の一言。その後の守備も投げやりですぐさまキャッチャー交代となったが交代となったキャッチャーも似たり寄ったりの性格。父母は異口同音に「こんな高校初めて!」。ホームでの試合だったが二度とこの高校と試合を組むことはないだろうと思った。

息子の得意技 五体投地Dsc_8679

ヒーリング

2010.06.18

 八王子市から委嘱を受けた仕事の仲間にヒーリングを施術する女性がいる。以前、医者が「老化」と見放した原因不明の脊椎の痛みを彼女はたった一回のヒーリングで治してくれたことがあったがその彼女が一昨日私の病気を知って再びヒーリングをさせて欲しいと訪ねてきた。私は以前のこともあったので喜んで受けさせてもらったがその日の夜から大腸の調子に復調の兆しが現われた。そして昨日も訪ねてきて施術してくれたのだが驚いたことに一昨日よりもさらに復調したようで大腸の機能回復が自覚できるまでになった。彼女が施術してくれるヒーリングはたぶん「手かざし」で、目を閉じている私には何をしているのかはわからないが頭から顔にかけて「かなりの熱」を感じて汗びっしょりになる。たまたま薬と食事療法の効果が現われたときと重なったと考えることもできるが彼女のヒーリングを非科学的と一蹴することは私にはできそうもない。

引越しました

2010.06.17

 暇なのでホームページの引越しをしました。お手数ですがURLの変更をお願いします。またリンクの設定をして下さっている方はリンク先の変更をお願いします。新しいURLはブログのプロフィールをごらんください。

雀のお宿

2010.06.16

Dsc_8561  この春、巣立ち前のシジュウカラの巣箱にたびたび雀が来ていてシジュウカラの親が大騒ぎする場面があった。シジュウカラは無事に巣立ちしたわけだがその後も時々巣箱の傍に雀の姿があり、何をしているのだろうと思っていた。ところが五日ほど前にいつもの様に庭仕事をしていると巣箱のあたりから微かに鳴き声がするではないか。巣箱の入り口は直径27ミリで雀の入れないシジュウカラ用であるはずなのにどうやら雀が無理やり入居を決め込んだらしい。今では餌を求めて休みなく囀る雛の鳴き声が賑やかで親は5分と待たせず餌を運んでくる。雀の営巣は始めてのことなので観察する楽しみができた。絶対に巣立ちは見逃せない。

午後になって雛が姿を見せたDsc_8584

近況

2010.06.13

 ここ数日症状が安定してきたので恐る恐るだが食事もお粥と豆腐以外の物に挑戦している。うどんや素麺、鰈や鱈などの白身魚、崩れるほど煮込んだ人参とカボチャ、鮭フレークなどが食事を楽しくしてくれるが、まだまだ大腸機能の回復にはほど遠いのでカロリー補給はエレンタールに頼らざるを得ない。ああ、いったいいつになったらこの状態から抜けだすことができるのだろうか。諦めのため息が出てしまう。

小康状態

2010.06.09

 今日主治医の診察を受けた。前回の血液検査の数値と症状の重さからして私を入院をさせるつもりでいたようだが今日の血液検査の結果と緩和された私の症状をみてその考えを改めたようだ。先月25日以来の水様便は変わらないが回数が明らかに減ってきた。重症のときは17回を記録したトイレ通いだったが6月5日に直接腸に注入する薬剤を処方してもらってからは7回、5回、2回、0回と極端に減ってきた。出血も少なくなり熱も37度前後で安定するようになった。ステロイドを頑なに拒否してきた私の勝利だ。しかしいいことばかりではない。病気の合併症か薬の副作用かは判らないが両足の膝関節が悲鳴をあげ、階段の昇降が難しくなった。軟骨が消滅してしまったかのようだ。おまけに喉から鼻腔にかけての粘膜が炎症を起こしてしまって嚥下に痛みが伴う。いずれにしろ大腸の症状は改善されうれしい限りで今日は薬代2万円強を支払い、両手いっぱいに希望の「ペンタサ注腸剤」と頼りの「成分栄養剤エレンタール」をぶら下げて帰ってきた。次回受診は七夕の7月7日。 

 

予約外診療パートⅡ

2010.06.05

 炎症があるのでいつ測っても体温は37.5°前後。昨日の夜になって次第に具合が悪くなり深夜には体温が39.0°まで上昇した。細君と話し合った結果入院もありとの覚悟を決めて予約外の診療で病院を訪れた。9時50分受付して待つこと4時間強。そして診察3分。これが現実か。土曜日に診察に来たことを後悔したが同じ夜は過ごしたくない。採血を命じられ言われるがままに採血室へ行くが同じ検査を9日の主治医の診察前に行う事になっているので複雑な心境。待合室に戻ってみると今度は違う先生が診察してくれてテキパキと処方してくれた。当番医によってこうも診察を受ける側の安心感が違うとは思わなんだ。解熱剤と注腸式のペンタサを処方してくれて入院免除。長い一日が終わって自宅に戻り安堵した家族の顔をみると、これこそが何よりの処方箋だと思えてきた。がんばらなくては。

現在の1日の食事量

お粥にした米1合 豆腐3パック エレンタール一袋

負けられない

2010.06.02

 Img_0034 今日、細君を伴って病院へ。主治医に昨日までの状況を伝えると入院を勧められた。やはり限りなく重症に近い病状らしい。入院をすると早くてひと月からふた月、永いと半年のお務めになるそうで仕事や家事のことを考えるとそれは無理なので丁重にお断りをした。合併症のリスクはあるものの命に関わりがある病気でないことがせめてもの救いなので、少し強気に出て断ったのだが薬の更なる増量とコップ一杯300キロカロリーの栄養剤を飲みながら様子をみることで両者納得。細君を外に待たせて今日は3時間に及ぶ点滴を受けて帰宅しました。当分の間、全ての活動停止です。みんな元気でね。

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