日記・コラム・つぶやき

引退しました

 Dsc_0656
町会設立に関わった事をきっかけに八王子市から委嘱を受けた「青少年育成指導員」。
この3月でまる12年と6ヶ月が経ちました。そして7期目の任期の終わる先月末、地区幹事の職を辞するとともに育成指導員そのものを引退しました。
 八王子ニュータウンといわれるこの町ができて間もない平成11年にこの地に越してきて、長男、次男、次女と3人の子供が地域の幼稚園、小中学校に通いました。
その期間だけでも、地域の子供たちの健全育成に関心を持っていきたいと感じて、志を同じくする若い仲間たちとともに昼夜の巡回、地域の清掃、イベントの立ち上げ、学校行事参加とたくさんの事をしてきたつもりです。
 時の流れとともに町も大きく発展し、学校に通う子供たち自身や、親御さんの学校に対する意識も大きく変わってきたような気がして、私の意思ではどうにもならない事象が増え、私自身の力不足とジェネレーションギャップを痛切に感じ、そして何よりも...........少し疲れました。
歳、ですかね。
 昨年は五年続けた民生員のお手伝いも辞めました。今年はあと三つのお手伝いを辞めるつもりでいます。そして仕事仕事で家庭を顧みなかった過去の罪滅ぼしに家族との関わりを増やして、家内や子どもたちとの関わりを大切にしながら、知人友人たちとの親交を深めていきたいと思っています。
お世話になった育成指導員の皆さん、永きに亘り未熟な私とともに活動してくださり、有り難うございました。これからも地域の子どもたちのためにご活躍されます皆様に心からのエールを送ります。

反面教師

「車をぶつけられた」という細君からの電話。 その時私は忘年会の最中で細君は恩師を囲んでの忘年会を控えていた。
相手の車がスーパーの駐車場の出口で他車に進路を譲ろうとして突然バックを開始。
後続していた細君は危険を感じてクラクションを鳴らし続けたそうだが効なく衝突。
事故処理で警官の到着を待つ間に運転手(七十爺様)は細君の車についた傷を一生懸命自分の手で擦って傷を薄く消そうと努力。終には幾つかの傷は自分がつけたものではなく大したことは無いと隠蔽工作のうえ自己弁護。
細君もあきれていたようだが爺様の車に同乗していた奥方様は、子や孫も同乗しているのに後方確認もせず後退して事故を起こすなんてと爺様にかなりのおかんむり。
ともあれ全ての事故処理、車の修理が滞りなく終わって日常に戻ったが、未だに爺様からの一言が無い。(べつに一言が欲しいわけではなく、自分ならそうするということ)
私は早く帰って事故対応して欲しいという細君の願いで忘年会の二次会をキャンセル。
細君は寒空の事故現場で1時間近く待たされたあげく気分が悪くなり忘年会に出る気分が喪失して忘年会をパス。修理のためには見積もり、入庫、納車と三度に亘って自動車会社に足を運んだ。細君共々楽しいはずの一時を奪われたあげく、かなりの時間と労力を費やしたつもり。たった一言でこちらの気持ちも解けるものだがこの爺様と関わりを持ちたくないという細君の勘を受け入れこの爺様を「反面教師」に。
七十まであと八年、こんな風に歳はとりたくないものだ。

まるで雪国

2014.02.15

私の記憶の中にこれ程まで積もった雪の記憶は無い。Img_0180 深い所では60センチを超えて、吹き溜まりではそれ以上。Img_0181 この後、発達中の低気圧の通過で台風並みの風と大雨になるという。

あら、残念

2014.01.16

一瞬、○○党大会警備の機動隊に目を奪われてしまった。Dsc_4210

初詣

2014.01.02

正月休みに帰京した次男と、初詣を兼ねて高尾山へ行ってきた。

稲荷山コースで山頂へ。Dsc_4142 富士山を背景に記念撮影する人も楽しそう。Dsc_4139 そして今年は息子を高尾山の隠れた名所に案内。

初めは四国八十八ヶ所霊場巡りの御利益が頂けるというお地蔵様へ。八十八体のお地蔵様の足元には高尾山の貫主自ら八十八霊場から持ち帰ったという砂がガラス窓の中に納められていて、踏むことでお参りした功徳が頂けるという優れもの。Dsc_4163_2 次に福徳弁財天へ案内。Dsc_4170 この弁財天は「穴弁天」とも呼ばれ、洞窟の奥40メートル程に祭られていたそうだが平成16年に洞窟が崩落。今では数メートル奥に新しい弁財天が祀られ、その奥は鉄格子で行き止まり。洞窟の外には琵琶を奏でる弁財天と湧水溜まりがあり、ここでお金を洗うとそれが資本金となってお金が増えるそうだ。息子は五百円玉を、そして私はちゃっかり一万円札を洗ってみました。増えるといいな。Dsc_4171 最後に息子を案内したのは「高尾山百観音御砂踏霊場」というところ。ここは一周すれば坂東三十三箇所霊場、秩父三十四箇所霊場、西国三十三箇所霊場の計百箇所の霊場を回った御利益が頂けるという霊場。Dsc_0646 ここにも各寺の御本尊像とその足元にそれぞれの寺の砂が納められていて、参拝する人は踏んで御利益を頂くそうだ。

お昼を過ぎて更なる人出で混み合う中、古い御札を納めて新しい御札とお守りを買い求め、お御籤を引き一年の計を占い、節分の枡入り豆を購入して今年の初詣を終えました。

初日

2014.01.01

新年 よい年でありますように。Dsc_2691

こんなところにまで

2013.11.13

山形県山形市の山寺立石寺五大堂

Img_2613 歴史ある建物に刻まれたハングル文字。名前ならまだしも...。残念な民族。

何だろう?

2013.10.01

これはなんだろう。キノコらしいが名前がわからない。Img_1649 上からみると丸く、キノコの傘のようで、押すと胞子が飛ぶ。Img_1648 誰か名前のわかる人はいないかな。

中秋の名月

Dsc_2193 中秋の名月が満月の十五夜。次回は8年後。

約束の小望月

2013.09.18

およそ三月前、撮影会の参加申し込みをして今日の日を心から楽しみにしていた富士山と小望月の撮影。病に倒れて入院し、全ての予定を中止しながらもこの撮影会だけはキャンセルせずに闘病の励みとしていたが、夢叶わず先月20日に他界してしまった。今日は娘と二人、遺影を携えての小望月の撮影となった。

日没前の富士山Dsc_2042 午後5時52分山頂の稜線に月が昇り始め約3分で十五夜前日の月齢12.6の月が姿を現した。Dsc_2077 「パール富士」とはよく言ったものだと思う。Dsc_2100 「やっちゃん、夢を見たよ。小望月の撮影の夢。大成功だったよ。」

亡くなる数日前、見舞いに来た私を見とめて苦しい酸素マスクの下で嬉しそうに話していた姿が忘れられない。Dsc_2087 夢の中の撮影会で私より一足先に小望月撮影の夢を叶えた義父はいったいどんな小望月を撮影したのだろうか。

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